掲載号: No. 267〔巻頭言〕

ESGサステナブル経営の時代と荏原製作所

執筆者

砂川 伸幸

京都大学 経営管理大学院 教授


ESGを経営に統合し,社会と企業の持続可能性(サステナビリティ)を高めるESGサステナビリティ経営(以下,ESG経営)の時代が来ている。ESGのE(Environment)である環境問題や気候変動は,企業経営の機会とリスクに影響を与える要因として重要性が高まっている。ESGのS(Social)が意味する社会性や社会的な観点は,DI&E(Diversity, Inclusion, and Equity),従業員の健康と安全,人的資本投資などを通じて,貴重な経営資源(資本)である人財と組織の効率性と持続性を高めることを推奨している。ESGのG(Governance)は,外部環境に対して経営資源や経営資本をうまく適用させることで機会を生かし,リスクを抑制して,利益やキャッシュフローを安定的に生み出すための経営基盤である。

ESGと経営の統合が進む中で,ESGデータの情報開示も進んでいる。日本では2023年3月期決算の企業から,有価証券報告書において非財務に分類されるサステナビリティ情報(戦略と指標及び目標,女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女賃金格差の各項目の数値)の開示が求められるようになった。上場企業の多くは,統合報告書やホームページにおいて,ESGサステナビリティ関連データや財務と非財務要素からなる価値創造ストーリーを開示している。

荏原製作所もESG関連データを積極的に開示している。ホームページにはサステナビリティのタブがあり,ESGデータ集のページには,環境(E),社会(S),ガバナンス(G)のデータが詳細に開示されている。長期ビジョンや価値創造ストーリーを含む統合報告書(EBARA Group Integrated Report)の内容も充実しており,GPIFの運用機関が選ぶ「優れた統合報告書」に選出されている。

いち早くESGデータの開示が進んだ欧米では,ESGと財務・株価指標の関係性を分析した研究結果が数多く報告されている。例えば,次のような結果である。ESGレーティングと財務指標や株式リターンには,平均的にポジティブな関係がある。ESGレーティングが高い企業ほど株価の変動や信用リスクが小さく,資本コストが低いという傾向がある。ESG経営は,ステークホルダー間の互恵(win-winの関係),企業のESGレピュテーションやイノベーション能力の向上などの媒介変数を通じて,企業の業績に好影響を与える。

日本企業を対象にした研究も進められている。筆者の研究室が関与した日本企業の環境要素と財務指標のデータ分析によると,次のような結果が観察されている。第一に2010年代において,売上高百万円当たりにおける温室効果ガス(GHG)の排出量,水使用量,産業廃棄物総量は,低減傾向にある。業種によってばらつきはあるが,複数の業界では平均的なGHGの削減率が3割を超えている。第二に,GHG排出量・水使用量・産業廃棄物の削減が進むと,企業の資本利益率は改善する傾向がある。

第二の結果については,次のような説明が可能であろう。GHG・水・産業廃棄物を削減するためには,原材料や燃料消費の削減と製造プロセスの効率性を改善する必要がある。原材料や燃料消費の削減は,売上原価の低下を通じて,売上高営業利益率を高める。製造プロセスの効率性の改善は,資本回転率を高めることになる。売上高営業利益率と資本回転率の双方が高まれば,資本利益率は上昇する。

財務的な価値創造の原則は,資本利益率が資本コストを上回ることである。ESG経営への取り組みによって,資本利益率が上昇し,(欧米の実証研究が示すように)資本コストが低下すると,企業価値の向上につながる。日本企業もESG経営と企業価値の向上が両立するという実感を持ち始めたようである。生命保険協会の調査レポート『企業価値向上に向けた取り組みに関する調査(2023年版)』では,「ESGへの取り組みを実施する目的は企業価値向上のためである」という項目に対して,アンケート回答企業の8割以上が肯定的な回答をしている。学術的な研究成果と企業がESG経営の効果を実感しているという結果を統合すると,ESG経営が財務的なパフォーマンスの向上に結びつくという説の信憑性が高くなる。

荏原製作所は,自社がESG経営に取り組むと同時に,蓄積してきた技術やノウハウなどの無形資産を生かして,顧客企業や社会の環境負荷の低減に貢献している。顧客企業の環境負荷の軽減は,先に述べたようにESG経営を通じてその企業の財務パフォーマンスが向上する。社会の環境負荷の軽減は,持続可能な社会の実現にとって不可欠である。社会,顧客,自社の三方に貢献する荏原製作所の価値創造ストーリーは,コーポレートガバナンス・コードにある「上場企業が,こうした認識を踏まえて適切な対応を行うことは,社会・経済全体に利益を及ぼすとともに,その結果として,会社自身にも利益がもたらされるという好循環の実現に資するものである」ことを体現していると言える。

著者の紹介

砂川 伸幸(いさがわ のぶゆき)

証券会社勤務,神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て,2016年から現職。
日本価値創造ERM学会評議員,日本証券アナリスト協会試験委員,ESG情報開示研究会特別会員,京都大学エグゼクティブ・ビジネスプログラム共同プログラム長を務める。

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